女性に与えられる爵位に順ずる封号は古来から存在したが、基本的に皇族女子や夫・子によって授けられることが多かった。
唐代には皇伯叔母に大長公主、皇姉妹には長公主、皇女には公主、皇太子の娘には郡主、王の娘には県主、王の母や妻には妃が授けられた。皇室以外では夫や子の品階や爵位によって授けられた。一品及び国公の母・妻には国夫人が、三品以上の母・妻には郡夫人が、四品以上の母・妻には郡君が、五品以上の母・妻には県君が、散官や同職事には郷君がそれぞれ封ぜられた。
宋代では当初は唐とほぼ同様の制度が用いられていたが、公主から帝姫に一時期変更されていたことがあった。また郡君を淑人・碩人・令人・恭人に、県君を室人(後更に宜人)・安人・孺人に分けるようになった。
明代では公の母・妻は国夫人、侯の母・妻は侯夫人、伯の母・妻は伯夫人が授けられた。また、一品は夫人が授けられていたが、後には一品夫人と呼ぶようになった。二品は夫人、三品は淑人、四品は恭人、五品は宜人、六品は安人、七品は孺人がそれぞれ授けられた。
なお、母・祖母などには「太」の字が加えられた(国太夫人や郡太君、伯太夫人など)。これは、皇太后・太皇太后などの用例と同じものだと考えられる。
琉球王国の爵位 [編集]
琉球王国には身分序列に応じて王子(おーじ)・按司(あじ・あんじ)・親方(うぇーかた)・親雲上(ぺーちん・ぺーくみー)・里之子(さとぅぬし)・筑登之(ちくどぅん)など、爵位に準じた称号がある。
女性については王妃を佐敷按司加那志(さしきあじがなし)、側室を阿護母志良礼(あぐんしたり・あごもしられ)、王の乳母などの女官を阿母志良礼(あんしたり・あもしられ)などと称した。また、臣下に嫁した王女および王子の妃は翁主(おうしゅ)と呼んだ。
日本における爵位 [編集]
日本での爵位制度は明治17年(1884年)7月7日に「華族授爵ノ詔勅」が下され、華族に列せられていた元公卿・元諸侯等と国家功労者の家の戸主に公・侯・伯・子・男の五爵を授けられたことに始まる。日本の爵位は個人にではなく、家の戸主に与えられるものであった点が他の爵位制度と異なる。その後、朝鮮貴族令(明治43年皇室令第14号)により朝鮮貴族にも爵位が授けられるようになった。昭和22年(1947年)5月3日、日本国憲法施行に伴い華族制度と共に廃止となった。
日本の爵位
公爵
侯爵
伯爵
子爵
男爵
なお古代にも爵位ではないが、八色の姓(やくさのかばね)のような姓(かばね)という類似する制度があった。また、中国における爵位を継受した制度として位階が、公家の階層を示すものとして摂家、清華家、大臣家などの家格があった。
ヨーロッパにおける爵位 [編集]
成立過程 [編集]
ヨーロッパの爵位は総じて一定の行政区域の支配を担当する官職が、中世に地方分権の過程で世襲化されたものである。その中にはローマ帝国の官職に由来する場合(公爵、伯爵など)もあれば、封建制の進行過程で新たに創設された場合(辺境伯、男爵など)もある。これらの「爵位」と呼ばれる役職は当初ローマなどと同様に任期制の官職として用いられたものが、王権の弱体化によって地方の有力者による世襲を許してしまった事によって成立したものが多い(フランク王国の設置したカタルーニャ伯を独断で世襲化したギフレ1世多毛伯などが典型例であろう)。
和訳に際しては中国や日本の爵位と相当した名称を当てているが、ヨーロッパの爵位と東洋の爵位とが厳密には対応するとはいい難く、また同じ欧州内でも全く異なる経緯を辿って成立しつつも便宜的に類似した爵位とされているケースもある。すなわち東洋の爵位の上下の序列を、ヨーロッパの爵位におおよその順番を踏襲しての訳語が伝統的に当てられているに過ぎない。またこの対比表もあくまで一例を挙げた物であって、実際に何らかの国の爵位が別の国のどの爵位と同じかということは時代と共に変化しているので一概には言えない(プリンス、公、侯も参照のこと)ので注意を要する。
日本の爵位制度との違い [編集]
欧州の爵位に共通しているのは「爵位」という名誉は何らかの貴族の家系そのものに対して与えられているのではなく大本の爵位(官職)が担当する行政区域(公爵領、侯爵領、伯爵領など)に対して与えられているもので、爵位の保持とは言い換えればこうした領域の保持の事という点である。つまり特定の地域が何らかの爵位が担当する区域であるなら、その区域を実効支配する人物こそが爵位を名乗るに相応しい人物という形になる。
こうした点は家柄そのものに与えられる称号である日本の爵位制度とは大きく異なるため、注意が必要である。例を挙げれば、ある一つの家が複数の爵位を保持している状況は日本においては制度的に考えられない。しかしヨーロッパの場合はその爵位の担当する所領を保持していることが爵位の保持と同義であるから、ある家が7つも8つも爵位を保持していることは全く珍しくない。こうした複数の爵位を保持する家の場合、もっとも重要な爵位以外を切り離して嫡男以外に分け与えることすらある。
なお、行政区域を担当する官職の世襲化が困難であった古代ローマや西欧とは異なる歴史を歩んだ東ローマ帝国などではこれと全く違う体系の爵位制度が用いられていた
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